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| John Nalan New York / Vol.14 |
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| Written by Hiroki Sakamoto | |
| Thursday, 30 April 2009 | |
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John Nalan New York 14「常磐通信・第14号」 ブラックアウトでスタジオに宿泊し、次の日の朝になんとか帰宅する事ができたのではあるが、停電はまだ続いていた。 家に帰ると、ユキ殿もキナリも、いつものように生活していた。ただ違うのは部屋がちょいと薄暗いだけだった。幸いリビングは壁一面がガラス張りになっているのでそれほど暗くもない。イーストリバー&マンハッタンビューなので、テレビは見れなくても飽きる事はない。さらに用意周到のユキ殿によって2つあるバスルームの浴槽にはすでに水が溜められ、トイレ用と風呂用と十分な水があった。夏なので水風呂でもなんら問題なかった。 しばらくすると近所に住んでいる友人トモが水と食料を持ってやって来た。トモは原宿にあるピーク・ア・ブーというヘアサロンの元店長で、いわいるカリスマ美容師である。たまたまアレックスのスタジオにヘアスタイリストとして仕事に来たのだが、偶然にも同じルーズベルトアイランドに住んでいたことから仲良くなった。それ以来私の髪の毛はトモに切ってもらっている。ドレッドロックスもしてもらった。トモは撮影がない時はミートパッキン(14丁目)にあるサリーハッシュバーグという超有名ヘアサロンで働いていてカットが$175もする。もちろん坂本家はタダで切ってもらっている。正確にいうと坂本家での食事とトレードしているのである。普段はカッコイイお兄ちゃんなのだが酔うとアンタッチャブルの山崎のような口調になってきて「勘弁してくださいよー。」と連発するただの酔っぱらいのオッサンになる。 さらにしばらくすると、また近所に住んでいる吉平夫妻がバケツに水いっぱい入れてやって来た。吉平ケンジ&ノリコ氏は坂本家が以前に住んでいたアパート(ルーズベルトアイランド)に越して来た夫婦である。ケンちゃんは東大在学中にヤフージャパンの立ち上げに協力し、著書も数々出版し、日本で就職していたがニューヨーク大学院大学院のコンピューターサイエンス科に入学し科学者になるためにニューヨークに来た。平たく言うと、かなりのオタクである。ノリコ2(私には既にノリコさんという友人がいたのでノリコ2と呼んでいる。)はガラスの芸術家である。ケンちゃんはニューヨーク大学院を無事卒業しコンピューターサイエンティストとして就職し、何やら発明をしているらしい。ケンちゃんとは共同でインターネットのドメイン&ホストサーバー会社のリテイラーをしたり、ウェブデザインの仕事が入った時はプログラマーとして手伝ってもらっている。完全におんぶに抱っこ状態ではある。 この3人とは特に仲が良く、まあ香川県にいるころから宴会好きだったため、事ある毎に良く宴会をしていたので、たぶん、坂本家にいけば、何かオモシロい事をしているに違いない。ぐらい思って来たのであろう。 さてこれから何日続くのかわからないブラックアウトだが、ニューヨークなので最悪でも2日ぐらいで普及するだろう。ということで、とりあえず冷蔵庫でまだ冷えているビールと食料を持って、川沿いの木陰で宴会をすることにした。女性達は汗をかくのがイヤだと言って部屋に残った。外に出ると、すでにそこら中で宴会をやっていた。しかしこれほどリラックスできた宴会は経験がない。なぜなら停電なので、当然仕事ができない。しかもクライアントも仕事ができない。なので、電話もかかってこない。メールだって出来ない。明日どーするという心配をする必要もない。さらに普段よりもなんだか涼しい。エアコンが止まっているのであの暑い外気が出ていないので体感温度が下がっているのだろう。「ブラックアウト万歳!」なのである。 「このまま続けブラックアウト!」ぐらいの勢いで飲んだくれていたのであるが、どーやら楽しい停電の時間も終わろうとしていた。だんだん外が薄暗くなり、そろそろ宴会もお開き。トモと吉平家も明るいうちにアパートに帰らなければいけないという事で帰宅。そして夜の9時ぐらいに遂に電気が復活してしまった。 次の日から何事もなかったかのよーに、いつもの毎日に戻ってしまった。 |
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| Last Updated ( Wednesday, 24 June 2009 ) |
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