hirokisakamoto.com
| Main Menu | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
|
| John Nalan New York / Vol.12 |
|
|
|
| Written by Hiroki Sakamoto | |
| Monday, 12 January 2009 | |
|
John Nalan New York 12「常磐通信・第12号」 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、A HAPPY NEW YEAR 2009
NYの正月はタイムズスクエアの恒例のカウントダウンで始まる。 といってもアメリカの正月休みは元旦だけである。大晦日も仕事、年始は2日から、と正月気分など実はまったくない。日本がとっても羨ましいのである。
朝7時10分起床し、7時35分に家を出る。
我が娘キナリを小学校に連れて行くためだ。日本のように「行ってきまーす。」とこども一人で通学させれば親は逮捕される。 ニューヨークでは11歳未満の子供をひとりにしてはいけない、幼児虐待で捕まるのだ。 同時多発テロの回で少し触れたが、キナリはマンハッタンの小学校に通っていた。小学校2年生まで近所の小学校に通い、3年生からグリニッジヴィレッジにあるPS3という小学校に転校させた。PS3とはパブリックスクール3、公立第3小学校、てな感じである。なぜ転校させたかというと近所の学校はちょいとイマイチ。転勤で2~3年で日本に帰るのであればそれでも良いのだが、良い中学に入れさせたいなら小学校も選ばなければいけないのだ。ニューヨークも日本も教育事情は表面は良くにている。 ニューヨークの学校は公立でも同じ事はやらない。学校によって授業内容も異なり雰囲気も違う。日本のようにシステマティックな学校もあれば、個性的な授業をする変わった学校もある。PS3は元消防署が学校になった赤い扉の古い建物で、アートの授業が多く、1年生と2年生、3年生と4年生と2学年が同じ教室で一緒に勉強するという変わったシステムであった。人種も程よくミックスされていて、生徒の親もアーティストやクリエーター、中にはゲイの両親もいたりと、全く偏見のなさそーな環境であった。通学もスケボーで行こうがローラーブレードで行こうがなんでもありで、他の小学校では禁止だったがPS3は自己責任でおかまいなしであった。そんな軽い小学校であったが600校以上あるニューヨークの公立小学校の中で成績が17位という自由奔放だけどやる事はやってるという校風が私好みであった。 電車に乗ってウエスト4丁目まで25分、駅の構内で太鼓をポンポコ叩いているドレッドヘアーの黒人のお兄ちゃんに1ドルをあげる。駅から歩いて15分。子供と一緒なのでそれほど速くは歩けない。グリニッッジヴィレッジのクリストファーストリートを歩きハドソンストリートまで行く。クリストファーストリートにはゲイストリートが交差する、お察しの通りゲイ御用達のショップやバーがあり、ショーウインドウに飾られた革製のコスチュームや大人のオモチャなどを売っているお店の前を娘と歩いて行く。ハドソンストリートに近づくにつれて古い良き時代のニューヨークのタウンハウスが立ち並ぶ閑静な高級住宅街になる。のではあるが、突然ションベン臭くなる。まあ流行とはいえやたらペットを飼っている地区なのか犬の散歩をするのはいいが、そこらじゅうでオシッコをしてるもんだから、もう匂いが充満している。ニューヨークでは公共の場所で人間がオシッコをすると御用になるのに犬は天下御免である。未だに納得できない。 それよりも大変だったのが冬だ。地球温暖化で最近の冬は暖かいが6~7年前までは寒かった。マイナス20度とかざらで、顔が痛い、息をすると喉が痛い。吹雪の日など目が開けれないのでゴーグルをして歩いた。冬になるとファッションでジッパーを閉めずにダウンジャケットを着るぐらい暖かい香川県に帰りたくなったものだ。 授業内容が異なる公立小学校からどーやって中学校に入るかというと、一斉テストなるものがあって、そのスコアで入れる中学校が決められる。その中から5校を順位をつけて選び提出し、その中から入学の承諾をされた中学校に行く。 親の私がいうのもなんだが、我が娘キナリは、どーいうわけか頭が良い。英語もわからないままニューヨークに連れて来られ頑張るしかなかったのか、それともバカな父親を見て将来が不安になったのか。塾にも行かず、バレエばかりして、家ではダラダラしている娘なのに…未だにナゾである。一斉テストの結果キナリはLABというニューヨークでトップの公立中学を受験することになった。入学試験があるのはこの学校ぐらいだった。いつものよーにヘラヘラと受験に行き、面接をした。 結果、落ちちゃった。しかし、ここからがアメリカである。 アピールができるのである。日本流でいうとクレームをするのである。「私の娘は一斉テストの成績もよく、学校の評価も高かったのに、なぜ落ちたのか理由を説明しろ。」というレターを出した。このアピールが出来る期間もちゃんと定められていて、期限内にレターを提出しないと認められないのだ。こういう情報を収集できるかどーかで子供の人生も左右するのである。さすが我が妻ユキ殿である。完璧主義者。 で、結果アピールが認められ「合格」しちゃいました。 ともあれニューヨークのトップ公立中学に入学したキナリは年齢も12歳になり1人で通学するようになり、私も苦悩の日々から解放されたのである。 |
|
| Last Updated ( Tuesday, 23 June 2009 ) |
| < Prev | Next > |
|---|


